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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9788号 判決 1981年2月24日

原告 鈴木正徳

被告 東京都

主文

一  被告は原告に対し、金三九四万八〇五五円及びこれに対する昭和四八年八月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金九四七万五三三三円及びこれに対する昭和四八年八月五日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生等)

原告は東京都世田谷区三軒茶屋一丁目二番五号に建物を所有して居住し、同所で鞄、袋物卸売業を営んでいるものであるが、右建物の北側(裏側)にはこれに接して二級河川「蛇崩川」(以下「本件河川」という。)が流れている。ところで、被告の一部局である下水道局は、昭和四六年ころから本件河川の汚濁を解決する方策として、同河川を暗渠化する工事(但し、目黒川との合流点から上流の部分のみ。以下「本件工事」という。)に着手し、同四八年八月四日当時同河川のうち原告居住地付近において右工事を遂行していた。

しかるに、前同日午後三時一五分ころから、世田谷区三軒茶屋付近一帯に集中豪雨があり、その降雨量は降りはじめから約一時間後の同日午後四時二〇分ころまでの間に約六七・五ミリメートルに達した(その後は午後七時ころまでに約二ミリメートルの降雨があつたにすぎない。)。このため、前同日午後四時ころ、原告居住地より上流の明治橋辺りと思われる箇所(別紙1<イ>点)から本件河川が氾濫し、溢れた水が付近一帯に流れ込み、原告居住の建物もこれにより床上まで浸水した。

2  (本件工事の瑕疵)

(一) 本件工事の概要

本件工事は河底部分を掘削し、そこに鉄筋を組立ててコンクリートを打込む工法により下水道管渠(その断面の内、外径については別紙2のとおり。)を築造し、埋設するものであつて、下水道局は、原告居住地付近の中原橋(別紙1<ロ>点)から国道二四六号線(同<ハ>点)に至る区間(以下「本件区間」という。)についてはこれを二個の工事区間に分け、昭和四八年一月ころから工事に着手したが、その工事方法の概略は次のとおりであつた。

(1)  バイパス管の設置

まず、工事の実施にあたつて本件区間の流水を迂回させるため「一の橋」(別紙1<ニ>点)付近を取水部とする内径最長一・五九メートルのバイパス管(以下「本件バイパス管」という。)を設置し、これを下流の薄橋(同<ホ>点)で既設の管渠(二本の管渠のうち下流に向つて左側のもの)に接続させ、右バイパス管取水部のやゝ下流の河道に土のうを一段積んで、通常の流水が本件工事区間内に流入するのを防ぐようにした。

(2)  護岸施設の一部取壊し、河床の掘削、管渠の築造

次いで右(1) の工事終了後、管渠築造の準備として本件区間全域にわたり、大型建設機械を使用するための足場の組立に着手した。この足場は、本件河川の河床にその両岸に沿つて、巾約二五センチメートルのH形鋼を約二・〇メートルの間隔を置いて二列(列の間隔は約一・四メートル)に打込み、その上に同じ形状のH形鋼を横桁として渡し、できあがつた枠組のうえに鉄板を敷いたものであつた。そして、右足場の築造後、本件河川の右岸に土留め用のパイルを打込み、大型建設機械を用いて右岸(全部)及び左岸(一部)の護岸施設を取壊したうえ、河床を平均約五〇センチメートル掘削し、本件区間のうち一部(昭和橋(別紙1<ヘ>点)から薄橋(同<ホ>点)に至る区間)については、前記H形鋼の柱と護岸施設を取壊した岸との間を掘削してその跡に鉄筋を組立て、これにコンクリートを流し込んでガイドウオールを築造した(以上の工事については別紙3、4記載のとおり。)。

本件事故は、本件区間における工事が右の段階まで進んだとき発生したものである。

(二) 本件工事の瑕疵

本件区間のうち、原告居宅付近である三の橋(別紙1<ト>点)から下流の薄橋(同<ホ>点)に至る区間は、他の部分に比してもともと川幅が狭いうえ、河川の内側に護岸補強用の堤が設置されていたため更に狭隘になつていた(原告居宅付近で約五・三メートル)。一方、本件河川の流量は、水位にして通常はせいぜい成人のひざ程度の深さまでであつたが、多量の降雨があると急激に増加し、とくに原告居宅付近においては溢水の一歩手前の状態に至ることがしばしばあつた。このため、本件工事の施工にあたつては、これによつて本件河川の流下能力が阻害され溢水等の危険が生ずることのないよう、十全の配慮を用いた工法が採用されるべきであつた。

しかるに、本件工事には次のような瑕疵があつた。

第一に、河床に巾約二五センチメートルのH形鋼を二列に打込んで足場を組立てる工法は、本件河川の川幅(前記のとおり、原告居宅付近で約五・三メートル)を考慮した場合、流水を阻害することが甚しいものである。けだし、ゴミ、粗大物等の漂流物が前記の柱列に付着して堆積し、流水を阻害する要因となるうえ、正方形に近い断面を有するH形鋼の柱及び横桁によつて流水が抵抗を受け、柱の周囲に大きな渦をつくつて滞流し、更に右の柱が列をなしていることによつて渦の発生が増幅されることになるからである。

第二に、右H形鋼の柱列が流水を阻害し、本件河川の流下能力が減殺されることを考えれば、本件バイパス管の取水能力を十分に確保して予想される最大降雨時の増水に備える必要があつた。ところが、本件工事にあたつて右の点は何ら顧慮されず、単に工事遂行の必要上通常の流水を迂回させることのみを念頭において、本件バイパス管の口径が設定され、これが築造されたものである。

3  (本件事故と本件工事の瑕疵との因果関係)

本件事故以前には、多量の降雨があつた場合、原告居宅付近における本件河川の状況はその水位が急激に上昇して原告居宅の床下近くまで至り、降雨が止むと水位も急激に下降するというのが通常の現象であつた。ところが、本件事故時の態様はこれと様相を異にし、原告居宅付近における本件河川の水は、前記降雨の開始直後から滞流して、比較的緩慢な速度で水位が上昇し、その水位がまだ護岸を越すに至らない間に、突如原告居宅の表側から浸水しはじめ、その後床上まで達した水は、右降雨が止んだ後も容易に減少せず、夜に入つて漸く引くという状況であつた。

右のような状況から明らかなとおり、本件事故は、前記の豪雨によつて本件河川の流水量が急激に増加し、本件バイパス管に取水され得なかつた相当量の余水が同河川の河道を流下したところ、前記H形鋼の柱列及び横桁の抵抗を受けてその流下が停滞し、本件工事の施行中で、護岸取り壊し工事が未了であつた明治橋付近と思われる箇所から氾濫し、溢れた水が原告居宅の表側を走る明薬通りを流下したことによるものである。

4  (被告の責任原因)

(一) 東京都知事の河川管理上の過失

本件河川は二級河川であつて、河川法に基づき東京都知事がその管理責任を負つている。ところで、河川法二四条、二六条によれば、河川に河川管理者以外の者が管理する工作物等を築造する場合は、右管理者の許可を受けるべきものとされているから、下水道局が本件工事を施行するについては東京都知事の許可を要するものであるところ、河川管理者たる同知事は、右許可にあたつて本件工事計画の内容を十分に精査し、同工事の施行によつて本件河川に溢水の危険が生ずるおそれがある場合には、同工事計画の変更を指示し、若しくはこれに対して許可を与えない等の措置を講ずべき義務がある。しかるに、東京都知事は本件工事の施行を許可するにあたつて、前記のような同工事に内在する瑕疵を看過し、漫然その施行を許可した過失により本件事故を生ぜしめたものである。

(二) 公の営造物の設置又は管理の瑕疵

河川は自然公物であつて、それ自体もともと溢水の危険を内包しているものではある。しかしながら、河川が人為的に管理され、その管理行為に基因して河川の有する危険性が更に高くなつた場合には、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるものというべきである。

本件においては、河川管理者たる東京都知事の許可に基づいて前記のような瑕疵のある本件工事が施行され、その結果本件河川が従前に比してより危険な状態にあつたため、本件事故が発生したものである。

(三) 下水道局長の本件工事実施上の過失

下水道局長は、本件工事の施行責任者として、同工事の施工にあたつては、これによつて本件河川に危険な状態が生じないよう、その計画策定に万全を期すべき義務があり、具体的には、工事用の足場を本件河川内に築造するについては、その工作物が流水を阻害することのないよう配慮する(現に、下水道局は、本件事故後の昭和四八年一一月以降は、右足場としてH形鋼の使用を廃止し、大型の鋼矢板を本件河川の両岸に接着して二列に打込み<その列の間隔は約三メートル>、その上に横桁を渡して覆工板を敷くという工法(別紙5参照)を採用しているが、このような足場の構造は、従前のそれに比して流水を阻害することの少いものであることが明らかであり、下水道局は、少なくとも当初からかかる工法を採用すべきであつた。)とともに、工事の施行時期についても、降雨期である六月ないし一〇月を避けてこれを施工する等の措置を講ずべきであつた。しかるに、下水道局長は、右義務を怠り、本件工事中の本件河川の安全性についてきめ細かな配慮をすることなく、漫然前記のような瑕疵ある工事を施行した過失により、本件事故を惹起せしめたものである。

(四) まとめ

以上のとおりであるから、被告は右(一)の場合は国家賠償法一条、右(二)の場合は同法二条、三条、河川法五九条、右(三)の場合は国家賠償法一条若しくは民法七一五条に各基づいて、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責を負う。

5  (損害)

本件事故により、原告居宅は床上まで浸水し、この結果同建物内に在つた原告所有の別紙6記載の各商品が冠水したが、右商品の大部分は皮革若しくは人造皮革製品であり、しかも装身若しくは衣類、食料、書類等の保管、運搬を用途とするものであるから、一たん汚物が大量に混入した本件河川の水に浸つた以上もはや使用に耐えず、その商品価値を失つてしまつたため、原告はこれらを廃棄するの止むなきに至り、その卸売価格相当額金九四七万五三三三円の損害を被つた。

6  (結論)

よつて、原告は被告に対し右損害金九四七万五三三三円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年八月五日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実のうち、本件区間における本件河川の状況として、多量の降雨があつたときは原告居宅付近において溢水の一歩手前に至ることがしばしばあつたとの点、本件工事に瑕疵があつたとの点は否認するが、その余は認める。

3  同3の事実は否認する。

4(一)  同4(一)の事実のうち、河川管理者たる東京都知事が本件工事の施行を許可するにあたつて、一般的に原告主張のような義務を負つていることは認めるが、同知事に具体的過失があつたことは否認する。

(二)  同4(二)の事実は否認する。

(三)  同4(三)の事実のうち、下水道局が昭和四八年一一月以降足場の構造を原告主張のように変更したことは認めるが、下水道局長の注意義務に関する主張は争い、同局長に過失があつたことは否認する。

5  同5の損害額は否認する。

別紙6記載の商品の多くはビニール製品、化学繊維製品であつて、皮革製品はその一部にすぎないうえ、右商品のうちには本件事故当時、原告居宅内の棚に保管されていたものもあり、これらについては本件事故が原因で冠水したとはいえない。

三  被告の主張並びに抗弁

1  (本件河川の流下能力の確保)

本件河川の従来の流下能力は、流水断面による流量計算によれば、別紙7のとおり一秒当り一〇・七七二立方メートルであるから、本件工事にあたつては右以上の流下能力を確保すれば足りることになる。

そこで、下水道局は本件工事の施工にあたつてまず本件バイパス管を築造したが、その流下能力は、一秒当り四・一二四立方メートルであつた。次に、下水道局は本件河川内に原告主張のような工法により足場を築造したが、右条件のもとにおける本件河川(但し、明治橋<別紙1<イ>点>から薄橋<同<ホ>点>に至る区間)の流下能力は、理論上一秒当り七・八四九立方メートルと算出された。これにより、本件バイパス管と在来の河道の流下能力の合計は一秒当り一一・九七三立方メートルとなり、従来の本件河川のそれよりも一秒当り一・二〇一立方メートル多く確保されることになつた。

ところで、原告が主張するとおり、本件河川内にH形鋼を二列に打設したことから、流水がその抵抗を受けて渦を生じ、或いは波が重なることによつて流量の損失が生ずることは十分予測されるところである。このため、下水道局は本件河川の在来河道の流下能力を算出するにあたつては、右のような流量の損失を考慮に入れて、現在この種の流量計算において一般的に用いられている流水断面の分割による計算方式を採用した。この計算方式は、本件河川内に打設された二列のH形鋼により、同河川が右岸から右側柱列までの間、柱列から柱列までの間、左側柱列から左岸までの間の三個の部分に分割され、右各部分が独立の断面と壁面を有する一個の河川(水路)を形成するものと想定して流量の計算をなすものであつて、右のような計算方式自体がH形鋼による流量の損失を考慮するものである。これに加えて、本件工事中の本件河川(本件バイパス管と在来河道)の流量計算においてはガンギユレー・クツターの公式を採用したが、右公式における粗度係数(流水が水路から受ける抵抗の大きさを示す尺度で、水路の壁面粗度及び断面形状によつてその数値が決定される。)を前記三個の仮想河川については、いずれも〇・〇三というきわめて高い数値を採用して流量の損失を十分に加味したのである(ちなみに、前記粗度係数は、「粗石モルタル積水路」で〇・〇一七から〇・〇三、「土を開削した水路、蛇行・鈍流の水路」で〇・〇二三から〇・〇三である。)(以上の計算については別紙7記載のとおりである。)。

以上のとおり、下水道局は厳密な計算方式に基づいて本件工事中の本件河川の流下能力を算出し、従来の同河川のそれよりも高い流下能力を確保したのであるから、本件工事には原告主張のような瑕疵はなく、また本件工事と本件事故の間に因果関係は存しない。

なお、下水道局が昭和四八年一一月以降足場の構造を変更したのは、本件河川の地盤の崩壊を防止する必要があつたからであつて、本件事故とは無関係である。

2  (不可抗力)

仮に、本件事故に原告主張のような瑕疵があつたとしても、同事故は不可抗力によるものであつて、被告には損害賠償の責任はない。

すなわち、本件事故の当日世田谷区三軒茶屋付近一帯を襲つた集中豪雨は、その降雨量が午後三時一五分から同四時一五分までの一時間に六五ミリメートルにも達し(就中午後三時一五分から午後四時までの降雨量は約五〇ミリメートル)、これが原因となつて本件河川の流水量が急増して本件事故が生じたものであるが、東京管区気象台の観測によると、東京地方において一時間当りの降雨量が六五ミリメートル以上を記録したのは、明治一九年から昭和四七年までの八七年間をとつてみてもわずかに六回を数えるにすぎない。従つて、下水道局長又は東京都知事において、本件事故当日のような稀有な集中豪雨が起り得ることまで予測して工事計画を策定し又はその施行の許否を判断すべき義務はないというべきである。

3  (過失相殺)

前記のとおり、原告居宅は本件河川に接しているのであるから、本件事故当日のような稀有な集中豪雨が来襲したときは、原告は万一の溢水に備えて商品を棚に保管する等の措置を講ずべきであつたのに、漫然同居宅の床面に山積みのまま放置していたことが本件損害発生の一因である。加えて、別紙6記載の商品の全部が本件事故により冠水したものではなく、浸水被害にあつたのはその一部にすぎないのに、原告は水が引いた後冠水していない商品も含めて、原告宅地内に全商品を山積みにして放置していたのであり、これが損害拡大の一因である。

従つて、仮に本件事故による原告の損害につき被告が賠償責任を負うとしても、右損害額の算定にあたつては、右のような原告の過失をしんしやくすべきである。

四  被告の主張及び抗弁に対する原告の認否及び反論

1  (流下能力の確保の主張について)

被告主張にかかる流水断面の分割による流量計算方式によつて得られる流量は、あくまで理論値であつて、現実の河川においては漂流物の存在、河川の断面形式や河道の勾配の変化等流量に影響を及ぼすいくつかの要因が存するから、右計算方式によつて現実の河川の流量を算出するにあたつては、基礎となる数値(とくに流速、粗度係数)の正確性について検討を尽したうえ、一定の安全率を見込むべきであるが、本件河川の流量計算にあたつてかかる点が考慮された形跡はない。

加えて本件河川については、前記のようなH形鋼の巾の広さ及びこれによつて形成される柱列の形態、川巾の狭隘さ等を考慮すれば、流水断面分割の方式によつてその流量を求めること自体の妥当性が疑問視されなければならず、被告主張のように、本件河川について従来の流下能力を上廻る流量を「理論上」確保したというだけでは、本件工事に瑕疵がなかつたとはいえない。

2  (不可抗力の抗弁について)

被告は、東京地方において単位時間当りの降雨量が六五ミリメートルを超えた回数が過去八七年間で六回であつたことをもつて、本件事故当日の集中豪雨が「稀有」な豪雨である旨主張するが、右の程度では直ちに「稀有」と評価することはできないし、記録上被告が主張する単位時間当り六五ミリメートルという数値に近い規模の降雨が多数回生じているとすれば、本件事故当日程度の規模の降雨が生ずる確率はかなり高かつたというべきである。いま試みに、昭和二二年から同四八年までの間において、年間の単位時間当り最大降雨量が五〇ミリメートルを超えた回数を挙げてみると合計一〇回であり、そのうち、五〇ミリメートル以上五五ミリメートル未満の年が三回、五五ミリメートル以上六〇ミリメートル未満の年が二回、六〇ミリメートル以上六五ミリメートル未満の年が二回、六五ミリメートル以上七〇メリメートル未満の年が〇回、七〇ミリメートル以上七五ミリメートル未満の年が一回、七五ミリメートル以上の年が二回であつて、これからみても最大規模七〇ミリメートル程度の降雨が、梅雨時、台風時などには生じうることは十分予測しえたはずである。

さらにいえば、一般に河川の増水対策は、単位時間当りの予想最大降雨量を基準とするだけでは不十分であつて、一回当りの降雨につき予想される最大降雨量を基準にして樹てられるのが現実的であるところ、本件事故当日の総降雨量(午後三時一五分から午後六時五〇分まで)は六九・五ミリメートルであり、一回当りの降雨量がかかる程度に達することがあり得ることは、通常容易に予測され得るはずである。

以上のことから、本件事故が不可抗力によるものとする被告の主張は失当である。

3  (過失相殺の抗弁について)

被告の右主張事実は否認する。

原告は、本件事故当時その居宅内の床から天井にかけて数段の棚を設け、これに取扱い商品を保管、整理し、余剰の商品を床面においていたのであつて、本件事故の際、右床面の商品を他に移動させる場所的余裕は全くなかつたのである。

なお、原告居宅への浸水が引いたのち、原告がその居宅内に山積みした商品は全量冠水した商品であつて、冠水していない商品は含まれていない。

第三証拠<省略>

理由

一  本件事故の発生等

請求原因1記載の事実(原告が本件事故当時東京都世田谷区三軒茶屋一丁目二番五号に建物を所有して居住し、同所で鞄、袋物卸売業を営んでいたこと、原告宅の裏側を流れる本件河川についてこれを暗渠化する工事が当時東京都下水道局の管理下で施行されていたこと、昭和四八年八月四日午後三時一五分ころから世田谷区三軒茶屋付近一帯に集中豪雨があり、その降雨量は午後四時二〇分ころまでの間に約六七・五ミリメートルに達したこと、同日午後四時ころ原告居住地より上流の明治橋付近の箇所から本件河川が氾濫し、溢れた水が付近一帯に流れ込み、原告居住の建物もこれにより床上まで浸水したこと)はいずれも当事者間に争いがない。

二  本件工事の概要

請求原因2(一)記載の事実(本件工事の概要)は当事者間に争いがない。

右の事実によれば、本件事故時までの本件工事は、まず本件河川の流水を迂回させるため別紙図面1の<ニ>点から<ホ>点にかけてバイパス管が設けられた後、次の1から6までの手順でなされたものと要約できる。

1  河川内へのH鋼の打ち込み(足場の設定)

2  覆工板の敷設

3  右岸への土留用パイルの打ち込み

4  右岸(全部)左岸(一部)の護岸施設の取り壊し

5  河床の平均約五〇センチメートル掘削

6  ガイドウオールの築造

三  本件工事の瑕疵

原告は本件工事に瑕疵があつた旨主張するが、その要旨は、被告は本件工事をなすに当つてその安全性を十分に確保せず、むしろその施工前に比して本件河川の氾濫の危険度を増大させたものである、というにある。

そこで以下、

(1)  本件工事施行前の本件河川の状況

(2)  本件工事(工法)について

(3)  本件事故時の状況

(4)  流量計算について

の順に検討していくこととする。

1  本件工事施工前の本件河川の状況

本件区間のうち原告居宅付近である三の橋(別紙1<ト>点)から下流の薄橋(同<ホ>点)に至る区間は他の部分に比してもともと川幅が狭いうえ、河川の内側に護岸補強用の堤が設置されていたため更に狭隘になつていたこと(原告宅付近で約五・三メートル)、本件河川の流量は、水位にして通常はせいぜい成人のひざ程度(約四〇センチメートル)の深さまでであるが、多量の降雨があると急激に増加するものであつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

被写体につき争いがなく、原告本人尋問(第三回)の結果により原告訴訟復代理人弁護士寺上泰照が昭和五〇年六月及び七月に撮影した写真であると認められる甲第四号証の一ないし二七、成立に争いのない甲第一四号証の二、証人名倉正昌の証言、原告本人尋問(第一回ないし第三回)の結果及び前記争いのない事実によれば、本件河川は、世田谷区内を貫流して目黒区内において目黒川に合流する典型的な中小都市河川の一つであつて、降雨時には短時間に表面流出による多量の水を集める性質をもち、夕立等の多量の降雨のあつた場合には急激に増水し、その水位は原告宅付近では溢水寸前にまで達し、時には溢水することもあつたこと、特に明治橋(別紙1<イ>点)と昭和橋(同<ヘ>点)との間ではこれが顕著であり、右区間付近がその一帯では地形上最も低い地帯であると思われること、かように本件河川は特に夏の降雨期には溢水寸前の状態となることが多かつたため、付近の住民はその点に注意を払つていたこと、昭和三四年のいわゆる伊勢湾台風の際本件河川が氾濫し、原告宅付近一帯に床上浸水の被害をもたらしたことがあること、また本件河川には従来から粗大ゴミの投棄が目立つたが、増水時にはそれらが漂流物となつて流下していたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件工事(工法)について

本件工事の工法は前記のとおりであり、従来の河川断面の中央部分に二列のH鋼の柱列を築造するものであり、これによつて、左右両岸上部の法面を除くと、左岸からH鋼の柱列までは〇・九七メートル、右岸からH鋼の柱列までは一・二三メートル、H鋼の柱列の間隔は一・四メートルとなり、従来の河川断面が右のように三分されることになるから、そのこと自体(後記被告の流量計算からも明らかであるが)従来河川の断面での流下能力を阻害するものであることは明らかである。なお右甲第一四号証の二によれば一般的に河川断面の流速分布は流水断面の中央上部が最大であることを知ることができるが、右の本件H鋼の打ち込みは通常流速が最大となる部分に行われたものということができる。

ところで、本件工事の工法は本件区間についても本件事故後の昭和四八年一一月(工事再開時)から別紙5の(イ)図に示される形態で行われるよう変更されたこと(請求原因4(三)部分記載の事実)は当事者間に争いがないが、証人小沼敬一の証言によれば、右変更後の工法は変則的・例外的なものであることを認めることができる。しかし、同証人の証言によれば、当初の工法は本件河川の河床等の土質調査をしないまま採用されたところ、施工中薄橋・明治橋間において土砂の崩壊が激しく、河川の脇の民家に悪影響を及ぼすおそれが出たため、同年七月末には工事が中止され、新たな工法が検討されている最中に本件事故が発生し、その後右のとおり工法が変更され、河床に打ち込まれた前記H鋼の柱列も除去されたものであることが認められるから、事前に土質調査がされていたならば、当初から右の工法が採用されていたものと推認される。そして、新旧の工法を別紙5の(イ)図及び(ロ)図で比較すれば、変更後の工法の場合の方がより大きな河川断面を保持でき、かつ、これが細分されずにすんだものということができる(なお、本件工事に伴う流量の確保については後記のとおりである。)。

3  本件事故時の状況について

本件出水箇所が明治橋(別紙1<イ>点)下であることは当事者間に争いのないこと前記のとおりであるが、原告本人尋問(第一回、第二回)の結果によれば、本件の洪水は右地点付近より出水して沿岸の道路(明薬通り)を下降し、原告宅へその表側(河川に面する反対側)から床上に至る浸水を起こしたこと、そのころ原告の観察によれば、原告宅裏側の本件河川の状況は水かさは増えていたものの流れはむしろ緩慢であり、また原告宅裏付近の本件河川の水位が未だ護岸を越える以前に本件出水が起こつたことを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

次に、本件区間(その八工事と呼ばれる部分)の工事の進展状況は、別紙3に示されるとおり、H鋼による足場の設定を終り、昭和橋下流の部分についてはガイドウオールの築造が完了した段階であつたことは当事者間に争いがないが、証人小沼敬一、同平野正文の各証言によれば、明治橋下流部分約四〇メートルの部分について予定された護岸の取り崩しが完了していなかつたことを認めることができる。なお、右両名の証言中には、右部分は護岸の取り壊し未了であつても、もともと断面の大きい箇所であるから、他の箇所に比して狭くなつていたことはないとの部分があるが、証人柳利幸(第二回)の証言によりその写真説明のとおりの写真であると認められる乙第二三号証の二によれば、なるほど明治橋下流数メートルの部分についてはもとより護岸の構造上の違いにより撤去前であつても川幅が特に狭いものではなかつたとはいい得るものの、護岸撤去前には、右の四〇メートルの区間において川幅(断面積)が後記の被告の流量計算の前提とされた川幅(断面積)に比して狭くなつていた部分を含むものと認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  流量計算について

被告は、本件工事をなすに当り、従来の河川の流下能力を阻害することのないよう、それを保持すべく、工事に先立つてバイパス管を設置して流量の分割を図るとともに、河床へのH鋼の打ち込みと同時に河床を掘り下げ、もつて従来の流下能力を確保した旨主張し、このことは別紙7(流量計算書)記載のとおり流量の計算上も明らかであるとする。そして、証人小沼敬一の証言によれば、別紙7のとおり流量計算がなされたことを認めることができ、その計算によれば、従来の流下能力は毎秒一〇・七七二立方メートルであるところ、本件バイパス管の流下能力は毎秒四・一二四立方メートル、工事中河川流下能力が川幅の最も狭い明治橋下約四〇メートル地点(原告宅付近)で毎秒七・八四九立方メートルであるから、工事中流下能力は右の合計の毎秒一一・九七三立方メートルとなり、従つて従来の流下能力を一秒当り一・二〇一立方メートル上回るものであるとの結果が得られることを認めることができる。

しかしながら、右の計算の結果は原告も指摘するように、あくまでも理論値であり、実際の河川においては漂流物による流水の阻害(前認定のとおり本件河川は粗大ごみ等の投棄が目立つた。)、河川の断面の変化等流量に影響を及ぼすいくつかの要因が存在するし、さらに、成立に争いのない乙第一五号証及び甲第一四号証の二によれば、右の計算の基本公式となつたガンギユーレ・クツターの公式は、いわゆる「等流」、すなわち時間的・場所的に変化のない流れについての平均流速を求める公式であり、同公式はその計算の重要な要素として粗度係数(水路壁の粗度によつて異なる係数)及び水面勾配を取り込むものであるが、右の両者は本件出水時のような洪水流(不等流-時間的・場所的に変化する流れ)においては、定常状態にあるときと異つた変化を示すものであることを知ることができ、従つて、右の公式をもつて前記のように流量比較を行うことの妥当性については疑問が残る(被告は右のように係数上の変化があるとしても、本件河川のような河川では無視できる程度にすぎず、またその変化は工事前であつても工事中でも同様であるから流量を比較するについては差支えがない旨主張するけれども、これを首肯しうるに足る証拠は存しない。)。

また、右計算の与件とされた数値の正確性(とくに粗度係数及び水面勾配)についても十分な立証が尽されたとは言い難く、さらに、右の計算においては河床内に柱列をなしたH鋼の抵抗を考えるに当つて、これらの柱列を連続した一枚の壁面と考え、河川断面を分割した方式をもつて計算されているが、右断面分割の方式の正当性を首肯せしむるに足る証拠は存しない。

以上のとおり、別紙7記載の流量計算についてはその方式自体についても、各与件の正当性についても疑問が残り、本件全証拠によつてもこれらの疑問を払拭することができないといわざるを得ない。

5  本件工事の瑕疵

以上1ないし4を総合して判断するに、本件河川中、特に明治橋下の原告宅付近は従前の経過から溢水の危険の大きい地帯であつたところ、本件工法はその工法自体流水を阻害し、右溢水の危険を高める性質を持つていたことは否定し難く、また変則的なものではあるにせよより流水阻害の少ない工法を採用することも可能であつたし、さらに、本件工法を採用する際の手順としても、前認定のとおり、被告が流量計算の前提とした河川断面、すなわち河床掘削、護岸取り壊しを了した段階での河川断面に、経過的であるにせよ、従来の河川断面に比して断面積の小さい状態の河川断面が作出されたこと、つまり従来河川へのH鋼の打ち込みは了したが、河床掘削あるいは護岸取り壊し未了の状態が作出されたことは否定し難く、その場合、河川断面の細分化とあいまつて流水阻害は相当程度大きく、溢水の危険性を高めたものであることも否定できず、現に、本件出水時には明治橋下流四〇メートル程度の護岸取り壊しが未了であつたのであり、その部分での危険性は高められていたといい得るところ、本件事故はこれに符合するかのように明治橋下流付近での溢水に起因し、しかもその際出水地点より下流ではむしろ流れが緩慢であつたと認められるのである。そうであれば、本件工事の工法あるいはその手順に本件出水の原因があつたことが一応推認できるというべく、かような程度に至るまで、原告が本件工事の瑕疵について立証を尽したときは、事案の性格上かえつて被告において右の推認を覆すべく立証を行うべきものであるが、被告の反論の主となつた流量計算は、その計算方法自体前記のとおり種々の疑問点を有し、またそれらの疑問点を別としても、本件出水が護岸取り壊し未了の地点付近からのものであることから、右の流量計算はその前提を欠くものといわざるを得ない。つまり、被告の流量計算は、工事中の河川断面について、本件事故発生時までの工事工程における時間的な変化の中での最大値を基礎とするものと言えるのであるが、先のとおり本件工法による限り経過的に河川断面が右の流量計算で前提とするものよりも小さくなることが否定できない以上、安全性の確保、従来の流下能力の確保というためには、むしろ右の変化の中で河川断面の最小値をこそ採用すべきではなかつたかと考えられるのである。

しかし、被告の全立証活動並びに本件全証拠によつても、前記の推認を合理的に否定し、右の河川断面が最小である場合においても本件河川の従来の流下能力が確保され、この点に関する安全性の確保に遺漏がなかつたものと認めることはできない。

四  不可抗力の主張について

次に、被告は本件工事に何んらかの瑕疵が存在したとしても、本件事故の際の降雨は異常な集中豪雨であり、本件出水はその異常性によるものであるから、工事の瑕疵と本件出水は関係がない旨主張する。

そこで、この点について判断するに、本件事故時の降雨量が総計六九・五ミリメートルに達し、就中降り始めからの約一時間において六五ミリメートルに及ぶ多量の降雨であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証ないし第一二号証によれば、一時間当り六五ミリメートルを超える降雨は過去八七年間に六回記録されていること、また一時間当り五〇ミリメートル以上の降雨という見地からは過去二〇年間(昭和二二年から昭和四八年まで)において一〇回記録されており、かように多量の降雨は梅雨期や台風時に多いことを認めることができる。

右の事実によれば、単位時間当り六五ミリメートルという豪雨の頻度は小さいとはいうものの、過去の記録からみてそれが全く予測不可能というわけでもなく、本件事故時の梅雨期には通常の降雨とは異なる相当多量の降雨のあること(いわゆる集中豪雨)は十分予測しうるところである。

ところで、本件降雨が予測可能性を超える異常なものであつたとしても、それが従来の河川流下能力を超えないのであれば、その予測可能性を問題とする余地はないのである。

そして、前認定のとおり、本件出水は明治橋下流付近での滞流による出水であるとの推認が強く働くところ、本件出水箇所以外での出水、特に越流は見られないこと、また今回の出水ほどの大きな出水は昭和三四年の伊勢湾台風の時以外なかつたこと(なお乙第一二号証によれば、右昭和三四年の一時間当り最大降水量は一二月三日の三七ミリメートルとされている。このことは、統計による場合、観測場所等によりその数値に大きな変化が現れることを示すものといえる。)に照らすと、本件の降雨が従前の流下能力を超えたものと認めることはできないというべきである。

結局、被告主張の降雨の異常性は、その予測可能性を論ずること自体問題があるとともに、本件降雨による流量が従来の本件河川の流下能力を超えるものであり、かつ、従来の工事前の本件河川の状況であつても本件と同等の被害が生じ得ることの立証のない以上、本件出水の原因を降雨の異常性にのみ帰せしめることはできないものというべきである。

五  被告の責任原因について

右三及び四で検討した結果からすれば、本件工事には、その安全性を保つ上で工法の選択、手順及び施工の時期(雨量の多い時期に施工されたこと)について配慮に欠けるところがあつたものと推認でき、その結果、本件河川の溢水についての危険度は増幅されたものであり、かつ、かような事項のうち、工法の選択及び手順については工夫の余地のあつたことが明らかであり、流量の確保についても、前示のとおり流量計算を行うに際して本件工事の過程で生じ得る最悪の条件を前提とし、その計算結果に従つてバイパス管の取水能力を検討する等の措置をとるべきであつたものというべく、右の危険度の増加を回避する可能性は存在したものと考えられる。しかるに、本件工事は右の点についての詳細な検討が尽されないまま施工されたのであるから、本件河川の管理には瑕疵が存在したものというべきである。そして、本件河川は公の営造物たる二級河川であつて東京都知事の管理にかかるものであるところ、被告東京都は河川法第五九条によりその管理の費用を負担する者であるから、被告東京都は、国家賠償法第三条、第二条第一項により、原告の損害を賠償する責を負うべきである。

六  原告の損害

成立に争いのない甲第一、第七号証、第八号証の一ないし四、乙第二〇号証の一ないし四、原告本人の尋問(第二、第三回。但し一部)の結果及び同結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証(但し、一部)、証人柳利幸の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一八号証によると、原告は本件事故の翌日である昭和四八年八月五日に冠水商品の全部をその置場がないということで被告に預つてくれるように頼み、右商品は一たん被告の下水道局第五建設事務所第六出張所の倉庫に運びこまれたこと、同月一七日右商品の全部が工事請負業者である山田建設株式会社の倉庫に移されたこと、右第六出張所の倉庫に運ぶときには数量を数えていないが、山田建設の倉庫に移したときには数量を数え、搬出商品は預り証(乙第一八号証)のとおり全部で五、四一五個であることが確認されていること、同年一〇月三〇日右商品の一部八七一個(甲第七号証)を原告に返還していること、翌四九年三月二四日に残りの商品全部(甲第八号証の一ないし四)を原告に返還していること、右搬出・返還された冠水商品は商品価値が失くなつてしまつていたこと、また原告は本件事故の数日後に町会の要請により町会宛に被害届を提出しているが(甲第三号証はこの被害届の控であると認められる。)、この被害届の記載は冠水商品を数えて記入したものではなく記憶に基づき概数で記入したものであること、原告は本件事故当時倉庫に保管中であつた商品の棚卸をしておらず、在庫商品について仕入帳、売上帳の記載もしていなかつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

右認定事実によると、原告の被害の内容は一応右被害届によることになるが、右被害届の記載について、その記載と矛盾する事実がある限り、これをそのまま信用することはできない。被害届記載の商品のうち、ランドセルの数量は、冠水商品の保管の経過から信用するに足りる右取引書(甲第八号証の一)の記載によると、三五個ではなく二〇個であつたこと、またベルトの数量は同様に右預り証(乙第一八号証)の記載によると、一二〇ダースではなく七四三本であつたこと、冠水商品は全部で五、四一五個(乙第一八号証の数量)せいぜい五、五四五個(甲第七号証、第八号証の一ないし四の合計数量)であつたことが認められ、右被害届に記載されている合計一一、四二五個は余りにも過大な数量であり、この数量をそのまま信用することは到底できない。

そして、一方商品の被害額とは、通常の場合、商品の毀損当時の交換価値(時価)をいうのであり、原告のような卸商の場合はその商品の仕入金額(原価)によるべきであると考えられるところ、原告本人尋問(第二、第三回)の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証によれば、本件冠水商品の小売単価、卸売価額は別紙6記載のとおりであり、そして右卸売価額は仕入金額に二〇パーセントを加算したものであることが認められるので、本件冠水商品の仕入金額すなわち本件被害額は右卸売価額を一二〇パーセントで除した金額となる(原告本人尋問(第三回)の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一七号証によると、原告は、在庫商品のすべてを売却できたとは限らず、その商品の売上の見込みも明らかではなく、また冠水後在庫品を補充し商売をしていることがうかがえるので、卸売価額を基準として損害額を算出するのは相当ではない。)。

ところで、被害届の記載の数量は前述のとおり余りにも過大であつてそのまま信用できないが、一方被害商品の種類が多量で多岐にわたりまたその単価もまちまちであり、それがすでに処分済であつてその内容を特定できない場合は、概数によつて損害額を算定せざるをえないものである。そこで右被害届(甲第三号証)に一応依拠し、前述のとおり本件冠水商品の搬出・返還の経過から信用するに足りる預り証(乙第一八号)、取引書(甲第七号証、第八号証の一ないし四)の各記載の数量によつて、被害届の記載を修正すると、被害商品の数量は被害届の記載のほぼ半数であり、被害商品の卸売価額総計もおおよそ被害届の記載の半額の金四七三万七六六六円と認めるのを相当と考える。そしてさらに前記の理由により右金額を仕入金額にひき直して原告の被害総額を求めると金三九四万八〇五五円となる(以上の計算式は左記のとおり。)。

被害商品の卸売価額(被害届の卸売総数の半額)

9,475,333円÷2 = 4,737,666円

被害商品の仕入金額(被害総額)

4,737,666円÷1.2 = 3,948,055円

以上のとおり、本件各証拠を総合的に検討すれば、原告の被害額が少なくとも金三九四万八〇五五円であることは認めることができるが、右を超える部分についてはこれを認めるに足りる証拠はないというべきである。

なお被告は、原告が溢水の危険があるのに商品を床積みにしていたこと等をもつて、原告にも過失ある旨主張するが、本件溢水の程度(床上浸水であること)を考慮すると、右事実をもつて原告に過失があるということは相当でない。

七  結論

以上によれば、被告は原告に対し、金三九四万八〇五五円及びこれに対する本件損害発生の翌日である昭和四八年八月五日から右金員支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものというべきである。

よつて、原告の請求は右の限度で理由があるから認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないので付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田二郎 久保内卓亜 内田龍)

(別紙)<省略>

(別紙)図面<省略>

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